読書会×哲学対話が促す、参加者の「自分ごと」意識：本と対話から生まれる主体的な関わり
読書会×哲学対話が育む、参加者の「自分ごと」意識
地域コミュニティにおいて、参加者が単に活動に参加するだけでなく、主体的に関わり、テーマを「自分ごと」として捉えるようになることは、活動の活性化や持続性にとって重要な要素となります。しかし、どのようにすれば参加者の内発的な動機や当事者意識を引き出すことができるのか、具体的な手法に悩む企画者の方もいらっしゃるかもしれません。
読書会に哲学対話を組み合わせるアプローチは、この課題に対する一つの有効な解決策となり得ます。本を共通のテキストとして深く読み込み、そこから生まれる疑問やテーマについて哲学対話の手法を用いて語り合うことで、参加者は受け身な情報収集者から、自ら問いを立て、考え、他者と共に向き合う主体的な探求者へと変容していく可能性があります。
この記事では、読書会と哲学対話の組み合わせが、いかにして参加者の「自分ごと」意識を促し、主体的な関わりを引き出すのか、その仕組みと実践上のポイントについて掘り下げて解説します。
本と対話が「自分ごと」意識を生み出すプロセス
読書会と哲学対話が連携することで、参加者が特定のテーマや社会の出来事を「自分ごと」として捉えるようになるプロセスは、いくつかの段階を経て進行すると考えられます。
1. 本との出会いと思考の触発
まず、参加者は特定の書籍と出会います。選ばれた書籍は、多様な価値観、社会の課題、人間の内面など、示唆に富むテーマを含んでいます。単に物語を追うだけでなく、記述されている事実、登場人物の葛藤、筆者の主張などに触れることで、参加者の思考は触発されます。この段階で、すでに自身の経験や考えと照らし合わせる内省が始まることもあります。
2. 問いの生成と共有
読書後、哲学対話の導入によって、参加者は「この本の〇〇について、どう思いますか」「このエピソードから、あなたはどのようなことを考えましたか」といった、開かれた問いと向き合います。重要なのは、単に内容理解を確認するのではなく、本から派生して「自分自身」に引き寄せる問いを立てることです。「もし自分がこの状況にいたらどうだろうか」「この本で描かれていることは、今の社会や自分の生活とどう関係しているだろうか」といった問いは、参加者の内面と読書内容を結びつけ、「自分ごと」として捉える第一歩となります。
読書会×哲学対話が地域コミュニティにおける参加者の当事者意識を育む仕組み
読書会×哲学対話で内省を行動へ繋げる方法
3. 対話による多角的な視点の獲得
対話の場では、様々な背景を持つ参加者から多様な意見や解釈が共有されます。自分とは異なる視点や、同じ箇所を読んでも全く違う感想を持つ他者の存在を知ることは、自身の考えを絶対的なものとして捉えなくなる機会となります。他者の言葉を傾聴し、自身の考えを言葉にして伝えるプロセスを通じて、参加者は自身の立ち位置や、そのテーマが社会の中でどのように位置づけられているのかをより立体的に理解できるようになります。この多角的な理解は、テーマをより深く「自分ごと」として捉え直す助けとなります。
4. 安心できる場での自己開示と受容
哲学対話の場は、正解探しや結論ありきではなく、誰もが安心して自分の考えや感情を言葉にできる「心理的に安全な空間」であることが重視されます。このような場では、たとえ未熟な考えであっても、批判されることなく耳を傾けてもらえます。自分の内面を安心して開示し、それを受け止められる経験は、参加者の自己肯定感を育み、「自分の考えには価値がある」「自分がこのテーマについて考えることには意味がある」という感覚につながります。この感覚こそが、「自分ごと」意識の核となる部分です。
5. 内省から行動への繋がり
読書と対話を通じてテーマを深く掘り下げ、「自分ごと」として捉えるようになった参加者は、内面的な変化だけでなく、具体的な行動への繋がりを見出すことがあります。例えば、環境問題について扱った本を読み、対話を通じて問題意識を深めた参加者が、日常生活で意識的にエコな行動を心がけるようになったり、関連する地域の活動に興味を持ったりするといった変化です。これは、単なる知識の習得に留まらず、自己と社会・他者との繋がりの中でテーマを捉え直し、自らの意思に基づいた行動を選択するようになる過程と言えます。
「自分ごと」意識を促すための実践ポイント
読書会×哲学対話の場で参加者の「自分ごと」意識を効果的に引き出すためには、いくつかの実践的なポイントがあります。
- 問いの質を重視する: 単なる感想共有で終わらせず、本の内容やそこから派生するテーマについて、参加者一人ひとりが自身の経験や考えに引きつけて考えたくなるような、開かれた問いを設定することが重要です。「〜とは何か」「あなたはそれをどのように考えますか」といった、探求を促す問いかけが有効です。
- 傾聴と共感を促す: 対話中は、他者の発言を注意深く聴き、その背景や感情に思いを馳せる時間を設けます。自分の意見を述べること以上に、他者の言葉に耳を傾けることの価値を参加者に伝えることも大切です。
- 沈黙を恐れない: 哲学対話では、参加者がじっくりと考えるための「沈黙の時間」も重要な要素です。すぐに次の発言を促すのではなく、内省や思考が深まるのを待つ姿勢が求められます。
- ファシリテーターは「問い続ける存在」に: ファシリテーターは、特定の結論に誘導するのではなく、参加者の発言に含まれる前提や疑問点を問い直し、対話の層を深める役割を担います。参加者自身が答えを見つけるプロセスを支援します。
- 安心安全な場づくりを徹底する: どのような意見も否定せず、敬意をもって接する雰囲気作りを徹底します。ニックネームの使用を推奨したり、発言のルール（例: 他の発言を遮らない、個人的な攻撃はしない）を事前に共有することも有効です。
体験談にみる「自分ごと」意識の変化
読書会×哲学対話の実践においては、参加者の内面や行動に具体的な変化が見られるケースが多くあります。
例えば、ある地域コミュニティで環境問題をテーマにした書籍を扱った読書会×哲学対話を行ったところ、当初は「環境問題は専門家や行政が考えること」といった他人事として捉えていた参加者がいました。しかし、対話を通じて、普段の買い物やゴミの分別といった自身の行動が環境に繋がっていることを実感し、地域でのリサイクル活動に積極的に関わるようになったという声が聞かれました。
また、孤独や繋がりの希薄さをテーマにした書籍を扱った会では、参加者同士が自身の経験や感情を率直に語り合う中で、「自分だけが悩んでいるのではない」と感じ、安心感を得たという感想が多く寄せられました。その結果、会が終わった後も参加者同士で連絡を取り合ったり、互いの活動を応援し合ったりするなど、自律的なコミュニティ形成に繋がった事例も見られます。
これらの体験談は、読書会×哲学対話が単なる知識の共有や感想発表会に留まらず、参加者が本やテーマを「自分ごと」として捉え直し、内省を深め、さらには主体的な行動や他者との繋がりへと発展していく可能性を示しています。
結論
読書会に哲学対話の手法を取り入れることは、参加者が書籍の内容やそこから派生する問いを「自分ごと」として捉え直し、内省を深め、主体的な関わりや行動へと繋げるための強力なアプローチです。開かれた問い、多様な視点との出会い、そして何より安心安全な対話の場が、参加者の内発的な動機や当事者意識を育む基盤となります。
地域コミュニティにおける活動において、参加者の主体性を引き出し、共に学び、考え、行動する場を創造したいと考える企画者の方々にとって、読書会×哲学対話は、その実現に向けた有効な手段の一つとなるでしょう。本と対話を通じて生まれる「自分ごと」意識は、個人にとっての豊かな学びであると同時に、地域社会への主体的な関わりを促す源泉となり得ます。